• 【復職準備】人事ママが実践!フルリモ×時短勤務のリアルな1日タイムスケジュールと「自分時間」の作

    【復職準備】人事ママが実践!フルリモ×時短勤務のリアルな1日タイムスケジュールと「自分時間」の作

    こんにちは、さりみです。

    育休が明け、いよいよ本格化する仕事と育児の両立。 「朝はバタバタ?」「夕飯やお風呂はどう回してる?」「自分の時間は取れるの?」と、これから復職を迎えるママ・パパは不安でいっぱいですよね。

    我が家は夫の仕事がシフト制で夜勤・遅番も多いため、夕方以降は基本的にワンオペ育児です。

    今回は、フルリモート・時短勤務で働く我が家のリアルな1日タイムスケジュールと、ワンオペでも倒れずに「自分時間」を確保するための工夫をお届けします!

    朝〜登園:メニュー固定化と「役割分担」でスムーズに

    • 06:00 起床(娘に起こされるスタイルなのでアラーム不要w。一緒にリビングへ移動)
    • 07:00 朝ごはん
    • 08:00〜 自由時間・朝寝(ぐずれば30分ほど朝寝)
    • 08:50 登園準備&出発
    • 09:00 保育園登園

    朝食は「バナナ+パン(またはオートミール)+ヨーグルト」で完全固定!メニューに迷う時間をゼロにしています。着替えや歯磨き、検温を済ませたら、朝の子供向け番組を見ながらゆっくり過ごします。(娘がテレビに夢中になっている間に保育園の連絡帳記入)

    そして朝の我が家の鉄則は「送りは夫の担当」! 朝の支度やご飯対応は私がやっていますが(この間、夫は深夜〜朝帰宅のため休息中)
    「電動自転車のチャイルドシートに乗せて保育園まで向かうガチの送り作業」は夫にお任せ。
    夫と娘を見送ったらコーヒーを淹れつつ、デスクに向かって勤務開始です。

    勤務〜お迎え:フルリモートを活かした家事導線

    • 09:00〜16:00 勤務(フルリモート・時短)
    • 16:00〜16:15 お迎え(徒歩や電動自転車でのんびり帰宅)

    仕事は完全在宅のフルリモート(妊娠前からずっとです)。
    仕事の合間に洗濯機を回したり、家事の導線を短縮できるのが在宅勤務の最大の強みです。昼休憩のタイミングでは買い物に行ったり、夕飯を作ったりします。

    16時に仕事を終えたら、そのまま保育園へ。娘をピックアップして、のんびり自転車で帰宅します。

    夕方〜夜:ワンオペを乗り切る「全部一緒」スタイル

    ここからは夫が出勤するため、完全なワンオペタイム!

    • 17:00 夕飯
    • 18:00 お風呂(私も一緒に入る!)
    • 19:00 寝室へ移動・寝かしつけ
    • 19:30〜20:00 娘就寝

    ここでの最大の工夫は、「娘のスケジュールに自分の身の回りの世話(ご飯・お風呂)を全部組み込むこと」です。

    後から自分だけお風呂に入ったりご飯を食べたりしようとすると、ワンオペの場合は「いつ泣いて起きるか」とハラハラして落ち着きません。だからこそ、18時のお風呂も自分ごと一緒に済ませてしまいます!

    💡【エビデンス(医学的・学術的な知見)】

    小児保健や発達心理学の分野において、「就床前のルーティン(入眠儀式)の一定化」および「一貫した就寝時刻の設定」は、乳幼児の入眠潜時(入眠までにかかる時間)を短縮し、夜間途中覚醒の頻度を減少させることが多くの実証研究で示されています。

    💡【推測・通説レベルの話】

    一般的に「ワンオペ育児は自分のことが後回しになり、ストレスが溜まりやすい」と言われます(通説)。我が家の場合は、19時台という早めの就寝ルーティンを徹底することで、「親自身も18時までにすべての用事を済ませ、夜に完全な自由時間を作る」という逆算の戦略が上手く機能しています。

    21:00〜:待望の「束の間ひとり時間」と晩酌!

    • 20:00〜21:00 添い寝・休憩(ベッドで携帯を見たりして体を休める)
    • 21:00〜 リビング復帰・ひとり時間!

    娘が寝た後の30分〜1時間ほどは、添い寝しながらスマホを見たりして自分自身も休憩。

    そして21時頃、静かにリビングへ戻り、散らかった部屋をササッと片付けたら……待ちに待った「テレビを見たり晩酌したりの自分時間」です!

    夜泣きが激しかった頃はこの「ひとり時間」が一切取れず、精神的にも本当に辛かったのですが、夜泣きが落ち着いた今は、この時間があるおかげで毎日のワンオペを笑顔で乗り切れています。

    ベビーモニターで寝室の様子を確認しつつ、何かあればすぐに戻れる距離感で、自分の好きなことに徹する貴重なひとときです。
    とはいえ、朝が早いので私も23時〜0時の間には娘の隣に戻り就寝します。

    まとめ:ワンオペ両立は「事前準備」と「諦めどころ」が肝心

    ワンオペでの時短勤務&育児は決して楽ではありませんが、

    1. 朝食などの「ルーティン固定化」
    2. 送りなどの「夫との部分的分担」
    3. 娘と一緒に夕飯・お風呂を終わらせる「前倒しスタイル」

    この3つを意識するだけで、夜にしっかり自分の息抜き時間を確保できるようになりました。

    完璧を目指さず、うまく力を抜きながら、自分自身のメンタルを1番に大切にしていきましょうね!

    次回はついに、不妊治療編のラスト「お腹にタマゴを戻した日(移植当日)」のお話です!

  • 【保育園】人見知りが激しい我が子の慣らし保育。ギャン泣き覚悟から一転、夜泣きまで収まった話

    【保育園】人見知りが激しい我が子の慣らし保育。ギャン泣き覚悟から一転、夜泣きまで収まった話

    こんにちは、さりみです。

    4月、ついに我が家も保育園入園&慣らし保育がスタートしました!

    入園前の娘は、とにかく「超」がつくほどの場所見知り&人見知り。 地域の子育て支援で週1回解放されている遊び場に連れて行っても毎回ギャン泣きで、出先のオムツ交換台や祖母の家に降ろすだけでも泣き叫ぶレベルでした。

    「これは間違いなく、慣らし保育期間の延長コースだな……」と覚悟して挑んだ慣らし保育。 今回は、夫婦で預けた初日のリアルな心境と、予想外すぎる結末、そして最大の悩みだった「夜泣き」の変化についてまとめます!

    1. 初日:夫は罪悪感で泣きそう、私は「少しの解放感」

    初日は朝の1時間のみ。夫婦で預けに行きました。 ホールでの説明会などが終わり、ついにバイバイの時。案の定、娘は大号泣でした。

    「やっぱりな〜、大丈夫かな」と思いつつも、正直なところ私自身に寂しさはあまりありませんでした。というのも、当時の私は連日の猛烈な夜泣きで育児疲れが限界近く、「やっと少し離れられる……」という気持ちの方が勝っていたのです。

    一方、夫は娘の号泣に胸を痛め、帰り道に「泣いてるのに置いてくるの、罪悪感あったね……」とポツポツ呟いて泣きそうになっていました。(「私は実はそこまで罪悪感なかったよ」とは静かに心の中にしまっておきました笑)。

    久しぶりに夫婦2人で歩く道。「なんだかソワソワするね」と近所のスーパーで買い物をして家に荷物を置いたら、あっという間にお迎えの時間でした。

    予想外の結末!特定の先生との「奇跡のマッチング

    保育園の部屋に近づくと、外まで聞こえる阿鼻叫喚の泣き声。 「ああ、やっぱり娘も泣き続けているんだな……」とドアを開けて驚きました。

    ……あれ!? 泣いてない!!

    なんと娘は、ある若くて優しい女性の保育士さんに抱っこされ、ピタッと泣き止んでいたのです。(後から聞くと、他の先生ではダメで、なぜかその先生の時だけ泣き止んだとのこと笑)。

    最初の30分は泣いていたものの、後半30分は落ち着いて過ごせたと聞いて、私は心底ホッとしました。

    2日目からは、なんとその先生にバトンタッチすれば泣かずに登園できるように!3日目からは順調に時間を延ばし、延長コースを覚悟していた慣らし保育は、一般的な「2週間」で無事に終了しました。

    3. 最大のサプライズ!入園で「夜泣き」がピタッと止まった

    そして何よりも嬉しかったのが、入園を機に夜泣きが劇的に改善したことです。

    それまでの娘はひどい時で1時間おきに泣いて起き、私は育児ノイローゼ寸前でした。環境が変わったら「さらに夜泣きが激化するのでは?」と怯えていたのですが、結果は真逆でした。

    • 慣らし保育2日目〜: まとまって眠る時間が一気に増えた
    • 1週間経つ頃〜: 安定して朝までぐっすり眠るようになった!

    💡【エビデンス(医学的・学術的な知見)】

    赤ちゃんや乳幼児の睡眠において、「日中の適度な運動・活動量の増加」「日中の光の浴び方による生体内時計の調整」は、夜間の睡眠の質や睡眠持続時間を改善させることが小児睡眠医学等の研究で明らかにされています。

    💡【推測・通説レベルの話】

    一般的に「保育園に通い始めると刺激が多くて夜泣きが増える」という説(通説)もよく耳にします。しかし今回我が家の場合は、「家庭内だけでは消化しきれなかった運動量や知的好奇心が、保育園での刺激で綺麗に満たされ、心地よい疲労感に繋がった」という推測ができます。

    まとめ:親の心配をあっさり裏切って成長していく

    あんなに場所見知りが激しかった娘が、お気に入りの先生を見つけて泣かずに過ごし、さらには夜までぐっすり寝てくれるようになるなんて、入園前は想像もしていませんでした。

    親が「この子は無理かも」と思っていても、子どもは子供なりに新しい環境に適応する力を持っているんだなと痛感させられました。

    今まさに「うちの子、人見知りがすごくて慣らし保育が不安……」と悩んでいるママやパパ。意外なきっかけや先生との出会いでパッと適応することもあるので、どうか肩の力を抜いて挑んでみてくださいね!

    次回は、復職直前の「時短勤務×育児のタイムスケジュール」について書こうと思います。

  • 【不妊治療】29個採卵→6個凍結。「勝手に捨てられた!?」と勘違いした培養結果のリアル

    【不妊治療】29個採卵→6個凍結。「勝手に捨てられた!?」と勘違いした培養結果のリアル

    こんにちは、さりみです。

    採卵という大きな山場を越え、次に待っているのが運命の「培養結果(凍結結果)の発表」です。

    当時は不妊治療の仕組みをよく理解していなかった私。 医師から提示された数字を見て、「ほっとした気持ち」と「猛烈な疑問」が同時に押し寄せることになりました。

    今回は、我が家の採卵結果のリアルなデータと、知識がなかったからこそショックを受けた「培養の壁」についての体験談をお話しします!

    驚きの採卵数!医師から「優秀です」と言われた結果

    診察室に入り、医師から告げられた採卵数はなんと「29個」!

    30個近く採れるケースはかなり多い方らしく、医師からも「とても優秀な結果ですよ」と言っていただけました。

    「そんなにたくさん取れたんだ!」という驚きと同時に、まずはしっかり卵が育ってくれていたことにホッと一安心。ここまでは「大成功だ!」と胸を撫で下ろしていました。

    「26個受精」からの「6個凍結」の謎

    続いて受精結果の報告です。 29個のうち、なんと26個が正常受精してくれました。

    「26個も受精したんだ!すごい!」と心の中でガッツポーズをしたのも束の間、医師からこう告げられます。

    「今回、凍結できたのは6個ですね」

    ……ん??6個?? 頭の中に巨大なハテナが浮かびました。

    受精した26個に対して、「私たちに断りもなく、勝手に6個しか凍結してくれなかったの!?」と一瞬本気で思ってしまったのです(笑)。

    【解説】受精卵が全員「胚盤胞」になれるわけじゃない

    当時は「受精=そのまま凍結されて全員赤ちゃんになれる」と思い込んでいたのですが、医学的には全く違いました。

    受精した卵(受精卵)は、そこから数日間かけて細胞分裂を繰り返し、「胚盤胞(はいばんほう)」という状態まで成長して初めて凍結できます。

    一般的に、受精卵が胚盤胞まで育つ確率は約30〜50%程度と言われており、途中で成長が止まってしまう卵もたくさんあります。つまり、病院が勝手に捨てたわけではなく、「染色体などの力で、自力でたくましく育ち切ったエリートのタマゴが6個だった」ということなのです。

    知識がないと「減らされた!」とショックを受けますが、29個採卵から6個の良好な胚盤胞が凍結できたのは、客観的にもかなり恵まれた結果でした。

    「6個もあるなら余裕!」と思っていたあの頃

    仕組みを理解したあとは、

    「6個も凍結できたなら、6回も移植のチャンスがある!」 「もしかして6人も子どもを持てる可能性があるんじゃ…?(そんなに産まないけど!笑)」

    と、一気に希望で胸がいっぱいになりました。

    まさかこの後、「一度の移植失敗」という現実に直面し、タマゴ1個の重みを痛感することになるとは、この時の私はまだ知る由もありませんでした……。

    まとめ:数字の落差に落ち込まないで!

    初めての不妊治療では、採卵数から受精数、凍結数と数字がどんどん減っていくプロセスに心が追いつかないこともあります。

    でも、数が減るのは「質の良いタマゴを選別している証拠」です。

    これから培養結果を聞く方は、どうか数字の減りにショックを受けすぎず、残ってくれた力強いタマゴたちを信じてあげてくださいね!

    次回は、いよいよ「移植日」のお話へ進みたいと思います。

  • 【不妊治療】全身麻酔で挑んだ採卵当日。麻酔の痛み、一瞬の失神、そして1人焼肉へ

    【不妊治療】全身麻酔で挑んだ採卵当日。麻酔の痛み、一瞬の失神、そして1人焼肉へ

    こんにちは、さりみです。

    自己注射の日々を乗り越え、ついに迎えた「採卵当日」。 不妊治療の中でも、身体的・精神的に大きな山場となるのがこの日ですよね。

    「この日は午前中で処置が終わる」と聞いてはいたものの、万が一に備えて念のため1日有休を取得して挑みました。

    今回は、私が体験した初めての全身麻酔での採卵当日のリアルな流れと、その後の意外な過ごし方をありのままに記録します!

    初めての全身麻酔と、静かな待機時間

    私にとって、これが人生で初めての全身麻酔。 「どんな感じなんだろう?」という独特のドキドキ感と少しの不安はありつつも、パニックになるような猛烈な恐怖感はありませんでした。

    クリニックに到着後、まずは採血を行い、緊張を和らげるための安定剤が入った点滴を打って静かに待機します。点滴が体に入っていくにつれて、少しずつ腹をくくっていく感覚がありました。

    「痛い痛い…」からの失神!体感一瞬だった処置室

    順番が来て手術室に入り、処置台に横になると、すぐに腕につないでいた点滴から麻酔へと取り替えられました。

    「それでは麻酔入りますね〜」の声とともに、薬が静脈に流れ込んできます。 実はこの時、麻酔が流れ込んでくる瞬間がかなり痛かったんです。

    「あ、痛い、痛い……!」

    と心の中で思っている間に、急速に視界が暗くなっていきました。 うっすらと「股のあたりがなんとなく痛い……?」と感じているうちに意識が途絶え、気づいたときにはすべての処置が終わっていました。

    後から聞くと、処置自体は20分程度だったそうですが、私自身の体感は本当に「一瞬」でした。

    車椅子での移動と、水分補給タイム

    次に意識がはっきりしてきたとき、私はなぜか車椅子に乗せられ、休憩室(リカバリールーム)にいました。

    どうやら麻酔から醒めかけた状態の私が、自分で車椅子に乗り移って移動させてもらっていたようです。そのあたりの記憶は完全に曖昧で、「私、ちゃんと自分で動いてたんだなあ…」と後から不思議な気持ちになりました。

    休憩室に入ってからは、渡された水をしっかり飲み、自力で排尿があるまでそのまま部屋でじっと待ちます。無事に排尿が確認できたら、この日の医療処置はすべて終了です。

    会計後のヒヤヒヤと、頑張った自分への「ご褒美ランチ」

    会計を済ませたあと、突然猛烈に排便したくなりトイレへ駆け込みました。 そういえば、ここ数日便秘気味だったことを思い出したのですが……「実は、これを放置していたことを後から激しく後悔する」ことになります。(※これについては長くなるので、また別の記事で詳しく書きますね!)

    さて、この日は夫が仕事だったため、病院を出たあとは完全な自由時間。

    採卵という大きな試練を乗り越え、お腹もペコペコ。 無事に終わった解放感と自分への労いを込めて、そのまま「ちょっと良い焼肉屋さん」へ直行し、豪勢に1人焼肉ランチを楽しんできました!

    当日を振り返って

    当日は体力をかなり使うので、午前中で終わる予定であっても、有休を全休で取っておいて本当に正解だったなと思います。

    麻酔が入るときの痛さや目覚めた直後のぼんやり感はありますが、麻酔のおかげで採卵自体の恐怖や痛みは最小限で済みました。

    これから採卵を迎える方は、ぜひ当日の午後に「自分へのご褒美(美味しいランチやスイーツなど)」を用意して挑んでみてくださいね!

    次回は、いよいよ運命の「採卵結果発表(培養結果)」について書こうと思います。

  • 【ベビーカー拒否】外では抱っこオンリーだった娘が、ベビーカーでおやつを食べられるようになるまで

    【ベビーカー拒否】外では抱っこオンリーだった娘が、ベビーカーでおやつを食べられるようになるまで

    こんにちは、さりみです。

    今、このブログを「赤ちゃんがベビーカーでギャン泣きして心が折れそう」「一歩も外に出られない」と、白目を剥きながらスマホで検索しているママはいませんか?

    かつての私が、まさにそれでした。 「一生、普通にお出かけできる日なんて来ないんじゃないか」 そう絶望していた我が家ですが、生後10ヶ月を過ぎたあたりから急激に変化が訪れ、今ではベビーカーの上でおやつを食べられるほど余裕の表情を見せてくれています。

    今回は、我が家の「抱っこマン娘」がベビーカーを克服するまでの、リアルな軌跡と試した作戦をまとめました。

    絶望の4ヶ月〜6ヶ月】場所見知りの始まりと、トラベルシステムのタイムリミット

    我が子の「外では絶対に抱っこから下りないマン」への変貌は、生後4ヶ月頃から始まりました。

    いわゆる場所見知りの始まりです。 一歩家の外に出ると、抱っこ紐から下ろした瞬間にギャン泣き。しかも我が子はとにかく声が大きい。
    ベビールームに轟く我が子の泣き声で授乳中の赤ちゃんを抱いているママさんから睨まれたりすると居た堪れなくて、出先でのおむつ替えすら一位大事でした。

    利用していたベビーカーはエアバギーココプレミアフロムバース。(いただきもの)新生児用チャイルドシート(ペブル360)をそのままドッキングできる「トラベルシステム」機能があります。それだと対面式で私の顔が見えるし、位置も高いので親との距離も近く、なんとか乗ってくれていました。

    しかし、これには明確なタイムリミットがありました。 生後6ヶ月頃、ビッグベビーの我が娘の成長に伴いサイズアウト。「背面式ベビーカー」へ移行せざるを得ない日がやってきたのです。

    【暗黒の背面デビュー】降ろした瞬間、試合終了の片道切符

    予想は見事に的中。背面式にした途端、景色がガラリと変わって私が見えなくなる恐怖からか、全く乗ってくれなくなりました。

    乗せた瞬間にのけぞって拒否。 ベルトに腕を通すのも一苦労。なんとかなだめすかして出発しても、しばらく泣いてたり。泣かずに乗った時でも、出先で一度でも抱っこ紐に移してしまったら最後。二度とベビーカーには戻れない「片道切符」のお出かけです。この頃はお出かけの度に、目的地までの道で泣くか、着いた辺りで娘を抱っこ紐に移していました。もはやベビーカーは荷物置きとして割り切っていたくらいです。

    【転換点の8ヶ月〜10ヶ月】効果のあった「お昼寝作戦」

    そんな暗黒期に変化が見え始めたのは、生後8ヶ月頃でした。

    少しずつ外の景色に興味が出始めたタイミングを見計らい、ある作戦を試してみました。それが「あえて眠たい時間を狙って乗せる」という方法です。

    我が家のベビーカー慣らし作戦

    「そろそろお昼寝かな?」というタイミングでベビーカーに乗せ、そのままひたすら歩いてベビーカー内で寝かせるという成功体験を何回か繰り返しました。ベビーカーが止まってしまうと泣くので、歩き続ける。4~5km歩くこともざらでした。

    「ベビーカーは怖い場所じゃない、安心して眠れる場所なんだ」と体が覚えてくれたのか、おかげでだんだんと乗っていられる時間が伸びていったのです。

    めげずにチャレンジし続けた結果、生後10ヶ月を迎える頃には、行きから帰りまで一度も泣かずに乗ってくれる時間が激増!出先で一度下ろしても、またすんなり乗ってくれるようになったのです。

    【現在】ベビーカーは「おやつを食べる特等席」に

    そして現在(1歳)。
    あんなにベビーカーを拒絶していた娘はどこへやら、今ではベビーカーの上で景色を眺めながら、余裕でおやつをモグモグ食べるまでになりました。

    あの4ヶ月の頃、外出先でギャン泣きする娘を抱えて「もうどこにも行けない」と泣きそうになっていた過去の自分に、声を大にして言ってあげたいです。

    「大丈夫、ちゃんとベビーカーでお出かけして、カフェでお茶できる日は来るよ!」

    子どもの成長のスピードは本当に目覚ましいものです。今、抱っこ地獄で心が折れそうなママ、それはあなたのせいでもベビーカーのせいでもなく、ただ「その時期の赤ちゃんのこだわり」なだけかもしれません。

    いつか必ず終わりが来ます。むしろ抱っこ紐で出かけられる時間は子育て全体で見たらすごく短いんだ、という考えでなんとか乗り切りましょう・・・!

  • 【自己注射の限界】手が震えて打てなくなった夜。仕事と不妊治療、執念のスケジュール管理

    【自己注射の限界】手が震えて打てなくなった夜。仕事と不妊治療、執念のスケジュール管理

    【決断後】ノンストップで始まる「誘発」の日々

    体外受精(IVF)はざっくり分けて

    卵子を体内で大きくたくさん育て、採卵→顕微授精(培養士さんの腕の見せどころ)と並行して、こちらは子宮内膜をフカフカに育てる→移植、着床を待つ

    という3ステップです。

    まずはプリプリの卵子をたくさん育てるべく、内服薬と自己注射の日々が始まります。

    内服薬に関してはピルみたいなもので、毎日決まった時間に服用し、飲み忘れNGなんですが、これが仕事をしているとけっこう難しい。会議やなんやかやしていると、薬なんて飲んでいる暇がなかったりします。

    私も何度も飲み飛ばしてしまい、慌てて数時間後に飲むけど「大丈夫かな?」と不安になる日々を過ごしました。

    【修羅場】「手が止まる」自己注射の洗礼。3000円をケチった後悔

    クリニックではペン型の注射も用意があると言われましたが1本3000円ほど費用が高く、打てるなら注射器にしておけば?と提案され、まずは普通の注射器で処方を受けました。

    ​初めての自己注射。挿したあと、薬が入っていく時が思ったより痛く、緊張も相まって終えた後はどっと疲れ、ソファにもたれました。ちなみに私はもともと注射が苦手で、採血などは針を挿してるところは見れないタイプです。

    そこから3日ほど頑張りましたが、4日目でついに打てなくなりました。何度やっても針が入っていかない…。お腹に失敗した針の跡が赤く何個もついているのを見て、その日は泣く泣く諦めました。恐らく、痛みを身体が覚えてしまい無意識に針を挿す手が皮膚の上で止まってしまうのです。

    翌日がクリニックの受診日だったので、上手く注射できなくなってしまったと相談し、ペン型の注射器に変えたいと申し出ました。

    看護婦さんが「挿す時にお肉を多くつまみすぎて、厚くなってるのかも?」とアドバイスをくれましたが、もうあの注射にもう一度トライする気にはなりませんでした。

    ペン型の注射器に変えたら楽なこと!!チクッとした痛みは多少ありますが、通常の注射器に比べたら雲泥の差…!最初からこっちにしておけばよかった。

    【仕事との戦い】人事の意地。面接の合間に「ダミー予定」で通院する日々

    この期間は、卵胞の育ち具合で「明後日来てください」などと急に言われます。

    ​私の仕事は人事職なので毎日数件の面接が入っていました。守秘義務の会話も多く、フルリモートとはいえカフェ等、外出先で面接や会議はできません。治療のために通院するときはそういった予定を組まれないよう昼休み、時間休、ダミー予定などを使って予定が重ならないよう「綱渡り」の毎日でした。

    しかし、さすがに黙っているにも限界がきて、私の場合はスケジュール調整してくれている仲の良いスタッフにだけ治療中であることを打ち明けました。
    カレンダーがブロックされているところはそういうことだから…と。

    なんと奇遇にもそのスタッフも不妊治療の経験があり、二つ返事で色々と協力してくれることに。とても有り難く、心強かったです。

     PCを持ち歩いて待合室で仕事をしている人は私以外にも毎回見かけました。その度に心の中で「同志よ・・・」と話しかけていました笑。
    本当につくづく、仕事と治療の両立の難易度は高いと思います。

    【体調の変化】ホットフラッシュ、倦怠感…地味につらいホルモン治療の副作用

    あまり無いようですが、私はホルモン剤の副作用からか発熱しました。顔がポッポッと火照って、とにかく身体がだるい。風邪の発熱のように頭が重くて、座っているのがやっと。調べると、更年期の時の症状、ホットフラッシュ(※急に顔が熱くなったり、のぼせたりする症状のこと)が1番近い感じがしました。
    後に妊娠した時も常に37.5以上体温があったので、私はホルモン変化で発熱する体質のようです。

    体調不良、注射の痛みと恐怖、仕事していようが何だろうが飲み忘れることができない薬たち、ほぼ毎回数万円の会計…思い返しても採卵期間が1番しんどい。

    クリニックでのエコーで、順調に卵子が大きくなっていることだけが救いでした。

    【決断】「もう二度とやりたくない」夫に告げた最後の覚悟

    予想より卵の育ちが良く、採卵日は見立てより少し早まることになりました。指定された日は既に大事な仕事の会議が入っていました。

    先生に「もうその日は動かせない仕事が…」と伝えると、「困ったなぁ」と少し迷惑そうなリアクション。結局、そこから2日後で採卵手術の日取りを調整することができましたが、こちらも常に急なスケジュール調整を強いられ、尚且つ「育ち過ぎも良くない」空気を出されながら再調整をされたので不安も重なりモヤモヤ。

    帰宅後、夫に採卵日が決まったことを伝えながら、ついに最初の難関もいよいよ山場だなぁと考えていました。

    もし、今回のIVFで妊娠が叶わなかったら、私はもう一度この採卵のタームをやり直せるか…?と問うと、その時の心情はNO。

    なので夫には、もう二度とこれはやりたくないので、もしこれで恵まれなかったら治療は諦めよう、ということまで伝えました。

    ​次回、「全身麻酔の採卵当日」へ続く!

  • 【卵管造影で失神寸前】3万円 vs 1500円の格差に絶望し、私が「体外受精」を決めた理由

    【卵管造影で失神寸前】3万円 vs 1500円の格差に絶望し、私が「体外受精」を決めた理由

    【初診】「いつ行けばいい?」への答えと、専門医からの先制パンチ

    通いやすさと実績、女医がいることから自宅近くのクリニックに決めたわけですが、予約を取るときに迷いました。

    「生理前と後、いつ予約するのが正解?」

    何となく、くらいの感じで私は生理が終わり出血のない状態の日に初診の予約を取りました。

    余談ですが、医師に聞いたところ​不妊検査は生理周期に合わせて行うため、「この日じゃないとダメ」ということはなく、いつ受診してもその時の周期に合った検査からスタートできるとのことでした。

    そして、初診ではカウンセリングと、血液検査とクラミジアなどの性病に罹患していないか等を確認するための採取をしました。

    その時、まずは検査だけ…という前提でまだ「絶対に妊娠!」と固まりきっていなかったのですが、先生にはそれを見破られたのか「年齢とこれまでの夫婦生活の中で6年以上妊娠していないことを考えると、今すぐ体外受精から始めたらいいと思うけどね」と言われ、あまりのんびりしている場合ではないのかと圧倒されました。

    ​【覚悟】夫婦で挑むIVF説明会。成功率「3割」の衝撃

    治療を進めるには夫婦揃っての説明会参加(同意書も持参)が必須でした。

    夫と揃って個室に入り、スライドショーで不妊治療の流れやリスク、金額等を確認しました。

    その後、医師に質疑応答の時間が設けられていたのですが、その際に「体外受精をした場合、採卵〜顕微授精〜移植(着床)の大きな工程でどこが一番難しいか?」と質問したら 医師曰く「一番の難所は移植」だとのことでした。

    1回の体外受精での妊娠率は30-38%とのことでした。そんなに低いのか、、と怯んだことを覚えています。

    ​その日の夜。夫婦で「本当にやるでいいんだよね?」と意思確認しました。

    私が夫に伝えたのは、妊娠はゴールではないこと。無事に出産できたとして、その後長い子どもの人生を私たちが育て見守っていく必要があります。途中でやーめた、ができない。当たり前のことですが、命を授かることの覚悟を改めて夫婦で確認し合ったのでした。

    【不条理】女性の3万円 vs 夫の1500円。心身と財布を削る検査の格差

    そこから、まずは妊娠しなかった明確にするため検査の日々が始まりました。

    女性側は月経周期に合わせて検査だけでも3〜4回の通院(血液検査、超音波、AMHなど)。この月経周期に合わせて、というのがやっかいで「じゃあ次は3日後で」等と平気で来院日を指定されてしまいます。

    私は在宅勤務で一時抜けも可能な職場だったので平日でも動けましたが、それでも会社には不妊治療のことは伏せていた為に毎回スケジュールとにらめっこし、何とかかんとか理由をつけて時間を確保していましたが、やはり気まずい。

    そんな思いで行った診療の会計が1回3万円の時もあり、辟易しました。

    仕事しながら治療できないから退職する人もたくさんいるだろうに、重ねてお金がこんなにかかったら、無理では…?と。

    ​一方、夫は精液検査1回のみ。しかも、会計は1500円ほどだった時はさすがに憤慨しました。

    この負担の差は何なのか。もちろん、治療全体にかかる費用は夫婦の財布から捻出しましたが、身体的にも金銭的にも、仕事との折り合いの面でも女性側にストレスがかかりすぎる…。

    【修羅場】「手が冷たい!」診察台でブラックアウトした通水検査

    卵管の通りを診る卵管造影検査。

    卵管に生理食塩水を流し、通りを確認するのですが一般的に 異常がなければ「生理痛のような重い感じ」で済むそうです。

    ​緊張しながら診察台に座り、まずは子宮口にバルーンを入れ、処置しやすくするのですがこの時点でけっこう不快。そして、水が流れた瞬間に冷や汗。

    しかし、普段、生理痛があまり無い私は「重い生理痛ってこんな感じなのかな?」と我慢してしまい、そのうちに、視界が暗くなって診察台からずり落ちそうになってしまいました。慌てていったん検査は中断され、看護婦さんが私の手を握りましたが「手が冷たい!」と言われたのを覚えています。

    迷走神経反射(※強い痛みや緊張で血圧が下がり、意識が遠のく反応のことです)が起きたのだと思います。

    ​医師からは 「実はまだ検査の序盤。さぁこれから、というくらいのタイミングでこの痛みであれば卵管の癒着や細さが原因とみて間違いない」という宣告を受けました。

    【決断】「遠回り」をしないためのIVF選択

    担当の医師からは

    「手術で卵管の通りをよくすることもできる。それからタイミング法などで自然妊娠を狙うということもできるけど、もちろん妊娠が確約されるわけではない。手術と合わせて1年以上かかる。あなたがまだ20代前半ならそういう道もありだけど、そうではない。やはり体外受精が1番いいと思う」

    私もここまでの検査ですでに疲れており、早く治療を終わらせたいとしか思えず、最短ルートの体外受精へ進むことを決めました。

    痛い検査も、高い費用も、仕事の調整も、すべては『最短ルート』を通るための必要経費だった。そう自分に言い聞かせ、私たちは体外受精という未知の世界へ足を踏み入れることにしました。

  • 【病院選び】不妊治療専門クリニックを選んで良かった理由と、圧倒的なスピード感

    【病院選び】不妊治療専門クリニックを選んで良かった理由と、圧倒的なスピード感

    「ちょっと検査」のつもりが、もう戻れない空気?

    クリニック探しですが、私の場合は以下の流れで決定しました。

    ①ブライダルチェックの検査項目を知る。

    そもそも【ブライダルチェック】という名称以外にも、不妊検査・妊活チェックなどさまざま。値段もクリニックによって1万〜5万円までバラつきあり。

    ただ、女性側は血液検査によるホルモンチェックと、内視による子宮・卵巣検査、性感染症の検査、男性側の精液検査がスタンダードだと把握し、その他いろいろオプションのようなものが付随する高額なクリニックは候補から外しました。

    ②自分の病院選びの基準を明確にする

    女性の先生がいい、家や職場から近いのがいい、雰囲気を重視したい…など人によって気にするポイントはさまざまかと思います。

    私の場合は実績があり、できたら女性の先生がいるところ、という基準で探しました。ただしネット検索するといくらでも候補が出てきますので、最終的には③で書いた基準でクリニックを決めました。治療がスタートすれば、長く通うことになります。不動産探しと同じく、絶対に譲れない条件は明確にして探すことをおすすめします。

    ③結局、決め手は『通いやすさ』と『女医さん』でした

    身近に不妊治療を受けていた人もおらず、ざっくりとしたイメージしか持っていなかった私。

    ただ漠然と何回も通うものだと思っていたので(実際、想像以上に行きました)自宅から通いやすいエリアに絞りました。

    出てきた複数候補の中から、②で挙げたように「実績がある」→レビューで、妊娠できた等のコメントが複数確認できたことと、女医が在籍していることから最終的にクリニックが決まりました。

    ​門を叩いたのは、不妊治療専門クリニック。

    この時、とくに意識して不妊治療専門クリニックを選んだわけではないのですが結果的によかったです。

    後の記事に書きますが、私は一度移植を失敗しています。

    産科もあるクリニックだと、妊婦さんや赤ちゃん連れの方とたくさん待合室で一緒になります。そういうシーンがつらくなってしまう時が、不妊治療中はあるかもしれません。

    不妊治療専門のクリニックだと、お子さん連れの方がいないわけではありませんが、同じく不妊治療をしている方が中心になるので精神的に少し楽です。

    私も実際、治療の途中で友人の妊娠報告をつらく感じてしまう瞬間もありました。
    (100%純粋な気持ちで友人を祝えないことにまた罪悪感で二重で苦しい)

    また、​「まずは検査から」と思っていたけれど、診察室に入った瞬間から、話は当然のように「治療プラン」の話に。私たちが30代に入っていたのもあるかもしれませんが、​「自分たちで頑張ります」とは言い出せない、プロフェッショナルの圧倒的なスピード感でした。

    こうして、半ば勢いに押されるようにして私の「本格的な不妊検査」がスタートしました。

    次回は、私が椅子の上でブラックアウトした、あの衝撃の「卵管造影検査」について詳しく書きますね。

  • 【結婚6年・32歳】子どもは「いつか」できる?6年間かすりもしなかった私が、不妊治療へ舵を切った合理的理由

    【結婚6年・32歳】子どもは「いつか」できる?6年間かすりもしなかった私が、不妊治療へ舵を切った合理的理由

    正直、私は子どもはいてもいなくてもどちらでもよかった。どちらでも、夫となら楽しいと感じていたから。

    まるで「一人暮らし×2」だった、自由な夫婦生活

    2024年当時、自分より1つ年下の夫と結婚して6年目を迎えようとしていました。
    私、32歳。夫、31歳。
    私は在宅で会社員、夫は長年追っていた夢を諦め、ずっとアルバイトしていた飲食店で正社員に就いたばかりでした。
    家賃や光熱費だけ折半で、あとは互いに干渉せず好きに暮らす。
    私は平日仕事で、夫は夜勤中心の平日休みのため、生活時間も逆転していて1日のうち1時間も顔を合わせない日もあったくらい。
    だからこそ一緒に過ごせる時間は貴重で、夫婦仲はとても良かったです。
    

    楽観的な夫と、不妊を確信していた私の温度差

    私は子どもに関しては、できてもできなくても、どちらでも良いと思っていました。いたら楽しいだろうし、いなくても夫と2人で幸せに暮らせる。

    対して、夫はいつか2人の間に子どもができたら〜とよく言っていたので私より明確に子供が欲しいと思っていたはずです。でも、のんびり屋なので子作りに関しても楽観的で、「いつかできる」と思っているようでした。
    私は心の中で「このままじゃ絶対にできない」と確信していました。
    だって、一度もかすりもせずに6年が過ぎたのです。これはもう、普通に過ごしていては奇跡は起きないでしょう、残念ながら。

    35歳は、人生の「身の振り方」を決めるデッドライン

    私は、もし産むなら35歳まで、とだけは考えていました。
    体力的にも、キャリア形成の上でも、35歳までに身の振り方を整えておきたかったのです。

    そんな中、夫の親友にお子さんが産まれ、続いて夫のお姉さんにもお子さんが産まれました。身近な人たちが親になっていく姿を見て、夫から「自分たちにもし子どもができたら〜」という、もしも話が増えました。
    私も今まではいつかそうなるかもしれないと思って、もしも話に同調していましたが、その頃は心の半分で「もう授かれないのでは?だとしたら、この話は虚しいだけでは?」と思い始め、プレッシャーめいたものまで感じてしまっていました。

    結論。不妊治療は「授かるため」ではなく「知るため」の第一歩

    私は【自分の人生計画〜子無しVer〜】を固め始める前の、最後の足掻きとして夫に不妊治療を受けることを提案しました。
    きっとこのままでは自然妊娠はしない。でも授かれない原因も今はわからない。一度ちゃんと検査を受けて、妊娠できる可能性はどのくらいあるのかを知ることから始めてみよう、と。

    まずは自分の体を知ることから。私が病院探しの時に使った検索ワードや、最初に行った『ブライダルチェック』の話は、次の記事で詳しく書きますね。