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  • 【自己注射の限界】手が震えて打てなくなった夜。仕事と不妊治療、執念のスケジュール管理

    【自己注射の限界】手が震えて打てなくなった夜。仕事と不妊治療、執念のスケジュール管理

    【決断後】ノンストップで始まる「誘発」の日々

    体外受精(IVF)はざっくり分けて

    卵子を体内で大きくたくさん育て、採卵→顕微授精(培養士さんの腕の見せどころ)と並行して、こちらは子宮内膜をフカフカに育てる→移植、着床を待つ

    という3ステップです。

    まずはプリプリの卵子をたくさん育てるべく、内服薬と自己注射の日々が始まります。

    内服薬に関してはピルみたいなもので、毎日決まった時間に服用し、飲み忘れNGなんですが、これが仕事をしているとけっこう難しい。会議やなんやかやしていると、薬なんて飲んでいる暇がなかったりします。

    私も何度も飲み飛ばしてしまい、慌てて数時間後に飲むけど「大丈夫かな?」と不安になる日々を過ごしました。

    【修羅場】「手が止まる」自己注射の洗礼。3000円をケチった後悔

    クリニックではペン型の注射も用意があると言われましたが1本3000円ほど費用が高く、打てるなら注射器にしておけば?と提案され、まずは普通の注射器で処方を受けました。

    ​初めての自己注射。挿したあと、薬が入っていく時が思ったより痛く、緊張も相まって終えた後はどっと疲れ、ソファにもたれました。ちなみに私はもともと注射が苦手で、採血などは針を挿してるところは見れないタイプです。

    そこから3日ほど頑張りましたが、4日目でついに打てなくなりました。何度やっても針が入っていかない…。お腹に失敗した針の跡が赤く何個もついているのを見て、その日は泣く泣く諦めました。恐らく、痛みを身体が覚えてしまい無意識に針を挿す手が皮膚の上で止まってしまうのです。

    翌日がクリニックの受診日だったので、上手く注射できなくなってしまったと相談し、ペン型の注射器に変えたいと申し出ました。

    看護婦さんが「挿す時にお肉を多くつまみすぎて、厚くなってるのかも?」とアドバイスをくれましたが、もうあの注射にもう一度トライする気にはなりませんでした。

    ペン型の注射器に変えたら楽なこと!!チクッとした痛みは多少ありますが、通常の注射器に比べたら雲泥の差…!最初からこっちにしておけばよかった。

    【仕事との戦い】人事の意地。面接の合間に「ダミー予定」で通院する日々

    この期間は、卵胞の育ち具合で「明後日来てください」などと急に言われます。

    ​私の仕事は人事職なので毎日数件の面接が入っていました。守秘義務の会話も多く、フルリモートとはいえカフェ等、外出先で面接や会議はできません。治療のために通院するときはそういった予定を組まれないよう昼休み、時間休、ダミー予定などを使って予定が重ならないよう「綱渡り」の毎日でした。

    しかし、さすがに黙っているにも限界がきて、私の場合はスケジュール調整してくれている仲の良いスタッフにだけ治療中であることを打ち明けました。
    カレンダーがブロックされているところはそういうことだから…と。

    なんと奇遇にもそのスタッフも不妊治療の経験があり、二つ返事で色々と協力してくれることに。とても有り難く、心強かったです。

     PCを持ち歩いて待合室で仕事をしている人は私以外にも毎回見かけました。その度に心の中で「同志よ・・・」と話しかけていました笑。
    本当につくづく、仕事と治療の両立の難易度は高いと思います。

    【体調の変化】ホットフラッシュ、倦怠感…地味につらいホルモン治療の副作用

    あまり無いようですが、私はホルモン剤の副作用からか発熱しました。顔がポッポッと火照って、とにかく身体がだるい。風邪の発熱のように頭が重くて、座っているのがやっと。調べると、更年期の時の症状、ホットフラッシュ(※急に顔が熱くなったり、のぼせたりする症状のこと)が1番近い感じがしました。
    後に妊娠した時も常に37.5以上体温があったので、私はホルモン変化で発熱する体質のようです。

    体調不良、注射の痛みと恐怖、仕事していようが何だろうが飲み忘れることができない薬たち、ほぼ毎回数万円の会計…思い返しても採卵期間が1番しんどい。

    クリニックでのエコーで、順調に卵子が大きくなっていることだけが救いでした。

    【決断】「もう二度とやりたくない」夫に告げた最後の覚悟

    予想より卵の育ちが良く、採卵日は見立てより少し早まることになりました。指定された日は既に大事な仕事の会議が入っていました。

    先生に「もうその日は動かせない仕事が…」と伝えると、「困ったなぁ」と少し迷惑そうなリアクション。結局、そこから2日後で採卵手術の日取りを調整することができましたが、こちらも常に急なスケジュール調整を強いられ、尚且つ「育ち過ぎも良くない」空気を出されながら再調整をされたので不安も重なりモヤモヤ。

    帰宅後、夫に採卵日が決まったことを伝えながら、ついに最初の難関もいよいよ山場だなぁと考えていました。

    もし、今回のIVFで妊娠が叶わなかったら、私はもう一度この採卵のタームをやり直せるか…?と問うと、その時の心情はNO。

    なので夫には、もう二度とこれはやりたくないので、もしこれで恵まれなかったら治療は諦めよう、ということまで伝えました。

    ​次回、「全身麻酔の採卵当日」へ続く!

  • 【卵管造影で失神寸前】3万円 vs 1500円の格差に絶望し、私が「体外受精」を決めた理由

    【卵管造影で失神寸前】3万円 vs 1500円の格差に絶望し、私が「体外受精」を決めた理由

    【初診】「いつ行けばいい?」への答えと、専門医からの先制パンチ

    通いやすさと実績、女医がいることから自宅近くのクリニックに決めたわけですが、予約を取るときに迷いました。

    「生理前と後、いつ予約するのが正解?」

    何となく、くらいの感じで私は生理が終わり出血のない状態の日に初診の予約を取りました。

    余談ですが、医師に聞いたところ​不妊検査は生理周期に合わせて行うため、「この日じゃないとダメ」ということはなく、いつ受診してもその時の周期に合った検査からスタートできるとのことでした。

    そして、初診ではカウンセリングと、血液検査とクラミジアなどの性病に罹患していないか等を確認するための採取をしました。

    その時、まずは検査だけ…という前提でまだ「絶対に妊娠!」と固まりきっていなかったのですが、先生にはそれを見破られたのか「年齢とこれまでの夫婦生活の中で6年以上妊娠していないことを考えると、今すぐ体外受精から始めたらいいと思うけどね」と言われ、あまりのんびりしている場合ではないのかと圧倒されました。

    ​【覚悟】夫婦で挑むIVF説明会。成功率「3割」の衝撃

    治療を進めるには夫婦揃っての説明会参加(同意書も持参)が必須でした。

    夫と揃って個室に入り、スライドショーで不妊治療の流れやリスク、金額等を確認しました。

    その後、医師に質疑応答の時間が設けられていたのですが、その際に「体外受精をした場合、採卵〜顕微授精〜移植(着床)の大きな工程でどこが一番難しいか?」と質問したら 医師曰く「一番の難所は移植」だとのことでした。

    1回の体外受精での妊娠率は30-38%とのことでした。そんなに低いのか、、と怯んだことを覚えています。

    ​その日の夜。夫婦で「本当にやるでいいんだよね?」と意思確認しました。

    私が夫に伝えたのは、妊娠はゴールではないこと。無事に出産できたとして、その後長い子どもの人生を私たちが育て見守っていく必要があります。途中でやーめた、ができない。当たり前のことですが、命を授かることの覚悟を改めて夫婦で確認し合ったのでした。

    【不条理】女性の3万円 vs 夫の1500円。心身と財布を削る検査の格差

    そこから、まずは妊娠しなかった明確にするため検査の日々が始まりました。

    女性側は月経周期に合わせて検査だけでも3〜4回の通院(血液検査、超音波、AMHなど)。この月経周期に合わせて、というのがやっかいで「じゃあ次は3日後で」等と平気で来院日を指定されてしまいます。

    私は在宅勤務で一時抜けも可能な職場だったので平日でも動けましたが、それでも会社には不妊治療のことは伏せていた為に毎回スケジュールとにらめっこし、何とかかんとか理由をつけて時間を確保していましたが、やはり気まずい。

    そんな思いで行った診療の会計が1回3万円の時もあり、辟易しました。

    仕事しながら治療できないから退職する人もたくさんいるだろうに、重ねてお金がこんなにかかったら、無理では…?と。

    ​一方、夫は精液検査1回のみ。しかも、会計は1500円ほどだった時はさすがに憤慨しました。

    この負担の差は何なのか。もちろん、治療全体にかかる費用は夫婦の財布から捻出しましたが、身体的にも金銭的にも、仕事との折り合いの面でも女性側にストレスがかかりすぎる…。

    【修羅場】「手が冷たい!」診察台でブラックアウトした通水検査

    卵管の通りを診る卵管造影検査。

    卵管に生理食塩水を流し、通りを確認するのですが一般的に 異常がなければ「生理痛のような重い感じ」で済むそうです。

    ​緊張しながら診察台に座り、まずは子宮口にバルーンを入れ、処置しやすくするのですがこの時点でけっこう不快。そして、水が流れた瞬間に冷や汗。

    しかし、普段、生理痛があまり無い私は「重い生理痛ってこんな感じなのかな?」と我慢してしまい、そのうちに、視界が暗くなって診察台からずり落ちそうになってしまいました。慌てていったん検査は中断され、看護婦さんが私の手を握りましたが「手が冷たい!」と言われたのを覚えています。

    迷走神経反射(※強い痛みや緊張で血圧が下がり、意識が遠のく反応のことです)が起きたのだと思います。

    ​医師からは 「実はまだ検査の序盤。さぁこれから、というくらいのタイミングでこの痛みであれば卵管の癒着や細さが原因とみて間違いない」という宣告を受けました。

    【決断】「遠回り」をしないためのIVF選択

    担当の医師からは

    「手術で卵管の通りをよくすることもできる。それからタイミング法などで自然妊娠を狙うということもできるけど、もちろん妊娠が確約されるわけではない。手術と合わせて1年以上かかる。あなたがまだ20代前半ならそういう道もありだけど、そうではない。やはり体外受精が1番いいと思う」

    私もここまでの検査ですでに疲れており、早く治療を終わらせたいとしか思えず、最短ルートの体外受精へ進むことを決めました。

    痛い検査も、高い費用も、仕事の調整も、すべては『最短ルート』を通るための必要経費だった。そう自分に言い聞かせ、私たちは体外受精という未知の世界へ足を踏み入れることにしました。

  • 【病院選び】不妊治療専門クリニックを選んで良かった理由と、圧倒的なスピード感

    【病院選び】不妊治療専門クリニックを選んで良かった理由と、圧倒的なスピード感

    「ちょっと検査」のつもりが、もう戻れない空気?

    クリニック探しですが、私の場合は以下の流れで決定しました。

    ①ブライダルチェックの検査項目を知る。

    そもそも【ブライダルチェック】という名称以外にも、不妊検査・妊活チェックなどさまざま。値段もクリニックによって1万〜5万円までバラつきあり。

    ただ、女性側は血液検査によるホルモンチェックと、内視による子宮・卵巣検査、性感染症の検査、男性側の精液検査がスタンダードだと把握し、その他いろいろオプションのようなものが付随する高額なクリニックは候補から外しました。

    ②自分の病院選びの基準を明確にする

    女性の先生がいい、家や職場から近いのがいい、雰囲気を重視したい…など人によって気にするポイントはさまざまかと思います。

    私の場合は実績があり、できたら女性の先生がいるところ、という基準で探しました。ただしネット検索するといくらでも候補が出てきますので、最終的には③で書いた基準でクリニックを決めました。治療がスタートすれば、長く通うことになります。不動産探しと同じく、絶対に譲れない条件は明確にして探すことをおすすめします。

    ③結局、決め手は『通いやすさ』と『女医さん』でした

    身近に不妊治療を受けていた人もおらず、ざっくりとしたイメージしか持っていなかった私。

    ただ漠然と何回も通うものだと思っていたので(実際、想像以上に行きました)自宅から通いやすいエリアに絞りました。

    出てきた複数候補の中から、②で挙げたように「実績がある」→レビューで、妊娠できた等のコメントが複数確認できたことと、女医が在籍していることから最終的にクリニックが決まりました。

    ​門を叩いたのは、不妊治療専門クリニック。

    この時、とくに意識して不妊治療専門クリニックを選んだわけではないのですが結果的によかったです。

    後の記事に書きますが、私は一度移植を失敗しています。

    産科もあるクリニックだと、妊婦さんや赤ちゃん連れの方とたくさん待合室で一緒になります。そういうシーンがつらくなってしまう時が、不妊治療中はあるかもしれません。

    不妊治療専門のクリニックだと、お子さん連れの方がいないわけではありませんが、同じく不妊治療をしている方が中心になるので精神的に少し楽です。

    私も実際、治療の途中で友人の妊娠報告をつらく感じてしまう瞬間もありました。
    (100%純粋な気持ちで友人を祝えないことにまた罪悪感で二重で苦しい)

    また、​「まずは検査から」と思っていたけれど、診察室に入った瞬間から、話は当然のように「治療プラン」の話に。私たちが30代に入っていたのもあるかもしれませんが、​「自分たちで頑張ります」とは言い出せない、プロフェッショナルの圧倒的なスピード感でした。

    こうして、半ば勢いに押されるようにして私の「本格的な不妊検査」がスタートしました。

    次回は、私が椅子の上でブラックアウトした、あの衝撃の「卵管造影検査」について詳しく書きますね。

  • 【結婚6年・32歳】子どもは「いつか」できる?6年間かすりもしなかった私が、不妊治療へ舵を切った合理的理由

    【結婚6年・32歳】子どもは「いつか」できる?6年間かすりもしなかった私が、不妊治療へ舵を切った合理的理由

    正直、私は子どもはいてもいなくてもどちらでもよかった。どちらでも、夫となら楽しいと感じていたから。

    まるで「一人暮らし×2」だった、自由な夫婦生活

    2024年当時、自分より1つ年下の夫と結婚して6年目を迎えようとしていました。
    私、32歳。夫、31歳。
    私は在宅で会社員、夫は長年追っていた夢を諦め、ずっとアルバイトしていた飲食店で正社員に就いたばかりでした。
    家賃や光熱費だけ折半で、あとは互いに干渉せず好きに暮らす。
    私は平日仕事で、夫は夜勤中心の平日休みのため、生活時間も逆転していて1日のうち1時間も顔を合わせない日もあったくらい。
    だからこそ一緒に過ごせる時間は貴重で、夫婦仲はとても良かったです。
    

    楽観的な夫と、不妊を確信していた私の温度差

    私は子どもに関しては、できてもできなくても、どちらでも良いと思っていました。いたら楽しいだろうし、いなくても夫と2人で幸せに暮らせる。

    対して、夫はいつか2人の間に子どもができたら〜とよく言っていたので私より明確に子供が欲しいと思っていたはずです。でも、のんびり屋なので子作りに関しても楽観的で、「いつかできる」と思っているようでした。
    私は心の中で「このままじゃ絶対にできない」と確信していました。
    だって、一度もかすりもせずに6年が過ぎたのです。これはもう、普通に過ごしていては奇跡は起きないでしょう、残念ながら。

    35歳は、人生の「身の振り方」を決めるデッドライン

    私は、もし産むなら35歳まで、とだけは考えていました。
    体力的にも、キャリア形成の上でも、35歳までに身の振り方を整えておきたかったのです。

    そんな中、夫の親友にお子さんが産まれ、続いて夫のお姉さんにもお子さんが産まれました。身近な人たちが親になっていく姿を見て、夫から「自分たちにもし子どもができたら〜」という、もしも話が増えました。
    私も今まではいつかそうなるかもしれないと思って、もしも話に同調していましたが、その頃は心の半分で「もう授かれないのでは?だとしたら、この話は虚しいだけでは?」と思い始め、プレッシャーめいたものまで感じてしまっていました。

    結論。不妊治療は「授かるため」ではなく「知るため」の第一歩

    私は【自分の人生計画〜子無しVer〜】を固め始める前の、最後の足掻きとして夫に不妊治療を受けることを提案しました。
    きっとこのままでは自然妊娠はしない。でも授かれない原因も今はわからない。一度ちゃんと検査を受けて、妊娠できる可能性はどのくらいあるのかを知ることから始めてみよう、と。

    まずは自分の体を知ることから。私が病院探しの時に使った検索ワードや、最初に行った『ブライダルチェック』の話は、次の記事で詳しく書きますね。